| 日時 | 2024年3月24日(日)14:00–17:30 |
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| 場所 | 東京藝術大学上野キャンパス・国際交流棟3Fコミュニティサロン |
| 主催 | 東京藝術大学未来創造継承センター、京都大学人間・環境学研究科田口かおり研究室 |
| 助成 | JSPS科研費23K00189 |
| 言語 | 日本語・英語 |
開催趣旨
「修復」という語には「不完全なものを、元通りになるように正しく修正する」といった、どこか厳格な雰囲気が感じられる。しかし、絵画や彫刻のような美術作品に限らず、土器のような考古遺物や、寺社に代表される古建築、祭りや舞踊などの民俗芸能、大量生産された既製品を用いる現代的な芸術作品において、「修復」や複製による「復元(再現)」は、それぞれに異なる理念や手法が用いられているようだ。「修復」という作品への介入には、はたして唯一無二で完全な回答があるのだろうか。
人類学者の古谷嘉章は「未完の修復」という語によって、ひとつの完形にこだわらない、選択の幅があるような開かれた修復のあり方を提言する。本シンポジウムでは「修復」というものを広く捉えて、物質的なものだけに留まらない、オリジナルとはなにか、誰が「修復」を求め、その方向性を決定していくのかについて、ともに考える。
講演
断片と複製のあいだで──先史遺物の修復について文化人類学者が考える
古谷嘉章(文化人類学)
本シンポジウムの題である「未完の修復」という語を提案した古谷は、ブラジル・アマゾンの先史遺物や縄文土器の修復を例に、「断片と完形(完成形)」と「複製とオリジナル」という、ふたつの対となる概念に沿って文化人類学的に考察を進めた。そして、縄文土器の多くは断片化した状態で出土するが、欠損を補填して完形に復元することがつねに正しいのかという疑問を投げかける。断片化したのが偶然なのか意図的なのかによって、修復の方向も異なるし、欠損のままであることで表現できることもある。必ずしも完形がすべてではない。断片/完形、複製/オリジナルのあいだで修復はつねに未完で開かれたものであることを指摘し、修復における様々なモノのネットワークによって可能になる、単体での完結に拘泥しない新たな修復のあり方を提示した。
On//Off──ダン・フレイヴィンのライト・インスタレーション(ハンブルガー・バーンホフ国立現代美術館[ベルリン国立美術館群(SMB)])をめぐる問題を中心に
On // Off Dan Flavin’s light installation at Hamburger Bahnhof – Nationalgalerie der Gegenwart, Berlin
アンドレア・ザルトリウス(現代美術 保存修復士)*オンライン参加
ハンブルガー・バーンホフ国立現代美術館のアンドレア・ザルトリウスは、同美術館の開館にあわせて制作された、ダン・フレイヴィンのライト・インスタレーションを例に、サイトスペシフィック作品の継続的な保存をめざすプロジェクト「マルチイヤー・イニシアティヴ」を紹介した。蛍光管を作品の媒体とするダン・フレイヴィン作品の所有者は、作品を組み立てたり制作したりすることを禁じられ、フレイヴィン本人とそのスタジオだけが作品の正当な作り手として承認されている。しかし、消耗品である蛍光灯の経年劣化や代替品が入手できなくなっていくなか、アーティストの意図した作品の効果を達成するためには、短期的・中期的・長期的にどのように作品を維持、管理していくかを考え続けていかなければならない。そのため、各国の担当者が集まって情報共有ができるような場をつくり、あらゆる専門家や関係者との学際的かつ長期的な協力を得ながら対話していくことが必要であると述べた。
「芸能伝承を「修復」することは可能か:一つの踊りの休止と再生の例から考える」
俵木悟(民俗学・文化人類学)
民俗学を専門とする俵木は、修復の対象となる美術品や考古遺物などの有形物とは異なり、民俗芸能は修復という語があまり用いられない分野であり、専門家や芸術家ではない市井の者が担い手となって、特定の場所や機会において体現されるため、作品が常には存在しないという特徴を語った。そのなかで、鹿児島県の大里七夕踊(指定名称「市来の七夕踊」)を事例に、踊りを通じて人を育て、先輩が後輩に教えるプロセスに意味があり、毎年繰り返されることで、断続的な知識や技能の継承を紹介した。「修復」という語を民俗芸能にあてはめるとすれば、芸能は人・モノ・情報のネットワークによって、常態として「微修復」され続け、そのプロセスそのものが遺産であると俵木は述べ、伝統の継承と時代に即した変化という実態は必ずしも矛盾しないことを示した。